先日、ゼミにて勉強会で得た経験についてプレゼンテーションしました。
その中で、先生が「どうやったらそんなに手を挙げてくれるの?」と質問してきたところから、
今回の話ははじまるのです・・・。
とりあえずまず、私はその質問の答えとして前々回考えた「恥ずかしさ故」について話しました。
ラボのメンバーの人たちは、そもそも内容を理解していない・話を聞いていないのが理由なのでは
と話しました。
ところが、返ってきた先生の意見が(私にとって)とんでも鱗なモノでした。
教室には80人くらいいるから、シャイな子は質問できないのはわかっている。
そもそも、私が気にしているのはそこではない。
気にしている次元が違うのだ。と。
というのも、先生曰く「気にする」ことは段階(=次元)があるのだそうな。
まず、中学校とか高校までは
先生・生徒
礼儀正しい
恥ずかしい
が気にするとこ。
しかし、もっと上の段階に行くと、
知識
能力
学問(理工学とか)
が気にするとこ。
何かのきっかけで、こういう気にするタイプが成長するそうな。
天才と呼ばれる方々が破天荒なのはこういう所もあるからなのかしら・・・とチラっと思ったり。
今回のゼミは、先生がゼミ途中に電話で呼び出されてしまったのでそこでおしまいに。
その後、先輩と「何故先生の授業で質問が出ないのか」ということで議論していました。
結論は、
先生の英語スピードが速い
↓
聞き取れない
↓
理解できない
↓
質問がそもそも浮かんでこない
もしくは
質問したいことはある
↓
英語に翻訳するのに時間がかかる
↓
翻訳できても上手く伝わるとは限らない
↓
じゃあ自分で調べる方が早いか
↓
質問しない
のどちらかではないか、ということになりました。
後者は結構、ありそうですね・・・。
私もパッと先生に「ここどうなの?」って聞かれたときになかなか上手く英語で伝えられないですもの・・・。
ゼミ中に、他の話題もにぎわいました。
私がプレゼン中で
「授業、聞いていますか?」
という質問を思い切ってぶつけてみました。
なぜなら、最近私が受けている授業で周りを見ていると、授業態度どうなの?って
いうのをよく見かけるからです。
ずーーーーっとスマホをいじっていたり(Twitterとかソシャゲとか)、
ノーパを広げて授業を聞いている風にしているかと思いきや
画面には授業とは関係ないサイトが映っていたり、
PSPでゲームやってたり、お絵かきしてたり・・・。
私にとっては信じられないんです、だって先生の講義って今この時の1回しかないのに。
まったく同じな授業なんて二度と繰り広げられないのに・・・。と。
あと、勉強会をしていて思いましたが、リスナーが寝てたり他の事してたりすると悲しいです。
あ、でも私も極たまに寝てしまいます。先生ゴメンナサイ。
まあそういうわけで、もし上記のような授業態度をとっている人がいたら、
何故そういう風な過ごし方をするのか聞いてみたかったんです。
で、運よく(?)いたので、何故か聞いてみました。
すると「先生がやる気ないと、こっちも冷める。」って言われました。
たしかに。そういう先生いるんです。
ただそれって、お互いに不幸ですよね。負の連鎖っていうか。
先生も、もっと生徒と会話しながら講義ができたら、お互いの事を気にかけられるようになって、
授業も楽しくなると思うのですが・・・。今度FD会議があれば言ってみようかしら。
あと、そのことと関連して、「そういう(スマホとかゲームとか)態度を取ったら、罰則をするような
システムを先生が組めばいいのではないか?」という意見も出ました。
真面目に受けている人にとっては、ちゃんと授業受けていないのに単位が取れてしまう人って
不公平に感じますよね。
ただ、これって出席数が3割切ると履修放棄になるっていうもともとの学校システムのせい
でもある気がするんですよね。
でも出席を取らない先生も中にはいるんです。
そうなればテストさえ取れればOK。
でも、うーん。どうなんでしょう。
そういう先生、テストもほぼ過去問通りなんですよ。しかも、持ち込みあり。
ってことは、まったくその科目の勉強をしなくても単位が取れてしまう。
うーーーーーーーん。
あ、今気づきました。
なんでこんなことで私が迷うか。
それは私が単位を気にしているから。
でも学校で学ぶ理由って単位取るため じゃないですよね。本質的には。
学びたいものがあるから学ぶ。 それが本質。
なら、単位どうこうで悩むのはお門違いなのかしら。
就職予備校的にただ学士っていうのを取りたいヤツはそういうヤツで生きればいい。
学びたくて学んでいる人は、そのまま自分のやりたいことやってればいい。
そういう考え方でいいんだな。
やっぱり、ここまでくると、「みんな一緒に」なんて夢のまた夢なんですね。
みんなっていうのは、もっと少人数なんだ。仲間ってのがみんな、なんだな。
最近、悩んでいたんです。どうしたらみんながもっと真剣に取り組むんだろうって。
でも、それは私が悩むところではなかった。
皆違う人間なのだから。
所詮他人は他人。他人がどうこう言える問題ではない。他人の人生なのだから。
だから、何かしたいって思う人には手を貸せばいいし、
そう思わない人は放っておけばいい。
と、考えればいいのか。相手は義務教育期間中の子供ではないのだ。
ほわー。すっきりした。余計に他人は他人思考に行きそうな気がしますが、しょうがない。
ただ、学校の先生としては問題だよね。これ。
もっと生徒が興味を持ってくれるようにふるまうしかないのかな?
難しい問題ですね。ホント。
スポンジは、いつもスポンジ。
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