2013年7月3日水曜日

頑張れる条件とは

最近、チョロQ3というレーシングゲームをやっています。
グランプリで勝てません。イライラします。

というところから、今日の発想が出てきました。山音です。

下の画像を見てください。
これは、「やる気の振り子」です。 軸が真ん中ではないことに突っ込んではいけません。

左側がマイナスのやる気(やる気ない or 自暴自棄) で
右側がプラスのやる気(やる気マンマン or  良いことに力を使おうとする) です。

ストレスによって、マイナスの方向へ振り子が傾きます。


しかし、これは振り子です。
振り子というのは、いつも行ったり来たりしています。
と、いうことは

こう成り得る!
振り子の特性に気づいて、そのマイナスのイライラをぶつけてみるんです!
オレだってやればできるんだうおおおおぉぉおおおお!!! みたいな。

ということで、必ずしもマイナスを恨むことはないというのが言いたかったのです。
ただ、注意があります。プラスからマイナスへ行くことも可能です。
諸行無常の響きなり・・・・。

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さてさて、上のは今回の記事タイトルとは関係ありません。
チョロQでイライラして、食器を洗っていた時に「頑張れる条件ってなんだろう」
と考えたらいいアイディア(?)が浮かんだだけです。

あの時の私の思考回路は洗練されていました。キレッキレです。



お恥ずかしい話ですが、私はあまり「これは良く頑張ったな」という経験があまり
ありません。
話が逸れますが、それって”頑張った”という評価の仕方が「得点が良かったか否か」
に限定されているからでしょうかね?
実際、「これは良く頑張ったな」と私が思った項目はすべて「○○において良い点がとれた」
ということしかないんです。
頑張る、ってなんなんでしょう。
評価軸が点数ではなければ、他にも頑張った経験がでてくるのでしょうかね。
そもそも、なすこと1つ1つに対して評価しているのかしら?


では、その良い点が取れたような頑張っていた時、どんな条件が揃っていたのでしょう。
条件は3つあります。

1.環境
2.心理的な動機づけ
3.ご褒美

それぞれ掘り下げてみましょう。

1.環境
良い環境で精を出していた。これがポイントです。
ではその良い環境とはなんでしょう。
・集中できる
  →携帯やPCが触れない(それらが存在しない空間でできるor周りの目が気になるから)
  →雑音・余分な景色が少ない(私語や、誰かが遊んでいたりすること)
・家事をしなくても生きていける
  →時間がたくさん取られる家事をしなくて済む(洗濯や食器洗いなど)
  →ご飯が勝手に出てくるor簡単にできる
・外部圧力がある
  →誰かの管理下にある(あまりかかりすぎると負荷になって暴発するのであまり良くない)
・やる時間が決まっている


2.心理的な動機づけ

実際の例を出した方がわかりやすいです。
例えば、「アイツにだけは絶対に負けたくない!!」や
「研究で後々わかっていないといけない概念(学問)だから、点数取れなきゃヤバイ」や
「自分でやりたいと思ったんだから・・・」など。

結局身体を動かしているのは心(気持ち)であるということです。


3.ご褒美

新しいPCを買う。
美味しいご飯を食べに行く。
ライブへ行く。 などなど。


こんな感じです。


ただ、これが揃っててもできない時って多分あります。
そういうときは、他のことを取り入れる必要がありますが、
基本はこの3つなんじゃないかなぁと思います。私的には。


自戒をこめて、ここに記しておきたいと思います。
スポンジスポンジ・・・。


2013年6月15日土曜日

続々・手を挙げる

先日、ゼミにて勉強会で得た経験についてプレゼンテーションしました。
その中で、先生が「どうやったらそんなに手を挙げてくれるの?」と質問してきたところから、
今回の話ははじまるのです・・・。


とりあえずまず、私はその質問の答えとして前々回考えた「恥ずかしさ故」について話しました。
ラボのメンバーの人たちは、そもそも内容を理解していない・話を聞いていないのが理由なのでは
と話しました。

ところが、返ってきた先生の意見が(私にとって)とんでも鱗なモノでした。


教室には80人くらいいるから、シャイな子は質問できないのはわかっている。
そもそも、私が気にしているのはそこではない。
気にしている次元が違うのだ。と。

というのも、先生曰く「気にする」ことは段階(=次元)があるのだそうな。

まず、中学校とか高校までは
先生・生徒
礼儀正しい
恥ずかしい
が気にするとこ。

しかし、もっと上の段階に行くと、
知識
能力
学問(理工学とか)
が気にするとこ。

何かのきっかけで、こういう気にするタイプが成長するそうな。
天才と呼ばれる方々が破天荒なのはこういう所もあるからなのかしら・・・とチラっと思ったり。

今回のゼミは、先生がゼミ途中に電話で呼び出されてしまったのでそこでおしまいに。
その後、先輩と「何故先生の授業で質問が出ないのか」ということで議論していました。
結論は、
先生の英語スピードが速い
   ↓
聞き取れない
   ↓
理解できない
   ↓
質問がそもそも浮かんでこない

         もしくは

質問したいことはある
   ↓
英語に翻訳するのに時間がかかる
   ↓
翻訳できても上手く伝わるとは限らない
   ↓
じゃあ自分で調べる方が早いか
   ↓
質問しない

のどちらかではないか、ということになりました。
後者は結構、ありそうですね・・・。
私もパッと先生に「ここどうなの?」って聞かれたときになかなか上手く英語で伝えられないですもの・・・。


ゼミ中に、他の話題もにぎわいました。
私がプレゼン中で
「授業、聞いていますか?」
という質問を思い切ってぶつけてみました。

なぜなら、最近私が受けている授業で周りを見ていると、授業態度どうなの?って
いうのをよく見かけるからです。
ずーーーーっとスマホをいじっていたり(Twitterとかソシャゲとか)、
ノーパを広げて授業を聞いている風にしているかと思いきや
画面には授業とは関係ないサイトが映っていたり、
PSPでゲームやってたり、お絵かきしてたり・・・。

私にとっては信じられないんです、だって先生の講義って今この時の1回しかないのに。
まったく同じな授業なんて二度と繰り広げられないのに・・・。と。
あと、勉強会をしていて思いましたが、リスナーが寝てたり他の事してたりすると悲しいです。
あ、でも私も極たまに寝てしまいます。先生ゴメンナサイ。

まあそういうわけで、もし上記のような授業態度をとっている人がいたら、
何故そういう風な過ごし方をするのか聞いてみたかったんです。

で、運よく(?)いたので、何故か聞いてみました。
すると「先生がやる気ないと、こっちも冷める。」って言われました。

たしかに。そういう先生いるんです。
ただそれって、お互いに不幸ですよね。負の連鎖っていうか。
先生も、もっと生徒と会話しながら講義ができたら、お互いの事を気にかけられるようになって、
授業も楽しくなると思うのですが・・・。今度FD会議があれば言ってみようかしら。

あと、そのことと関連して、「そういう(スマホとかゲームとか)態度を取ったら、罰則をするような
システムを先生が組めばいいのではないか?」という意見も出ました。
真面目に受けている人にとっては、ちゃんと授業受けていないのに単位が取れてしまう人って
不公平に感じますよね。
ただ、これって出席数が3割切ると履修放棄になるっていうもともとの学校システムのせい
でもある気がするんですよね。
でも出席を取らない先生も中にはいるんです。
そうなればテストさえ取れればOK。
でも、うーん。どうなんでしょう。
そういう先生、テストもほぼ過去問通りなんですよ。しかも、持ち込みあり。
ってことは、まったくその科目の勉強をしなくても単位が取れてしまう。
うーーーーーーーん。

あ、今気づきました。
なんでこんなことで私が迷うか。
それは私が単位を気にしているから。
でも学校で学ぶ理由って単位取るため じゃないですよね。本質的には。
学びたいものがあるから学ぶ。 それが本質。
なら、単位どうこうで悩むのはお門違いなのかしら。
就職予備校的にただ学士っていうのを取りたいヤツはそういうヤツで生きればいい。
学びたくて学んでいる人は、そのまま自分のやりたいことやってればいい。
そういう考え方でいいんだな。

やっぱり、ここまでくると、「みんな一緒に」なんて夢のまた夢なんですね。
みんなっていうのは、もっと少人数なんだ。仲間ってのがみんな、なんだな。

最近、悩んでいたんです。どうしたらみんながもっと真剣に取り組むんだろうって。
でも、それは私が悩むところではなかった。
皆違う人間なのだから。

所詮他人は他人。他人がどうこう言える問題ではない。他人の人生なのだから。
だから、何かしたいって思う人には手を貸せばいいし、
そう思わない人は放っておけばいい。
と、考えればいいのか。相手は義務教育期間中の子供ではないのだ。

ほわー。すっきりした。余計に他人は他人思考に行きそうな気がしますが、しょうがない。

ただ、学校の先生としては問題だよね。これ。
もっと生徒が興味を持ってくれるようにふるまうしかないのかな?
難しい問題ですね。ホント。



スポンジは、いつもスポンジ。

2013年6月3日月曜日

アンテナの問題

書くネタがないのは、ネタを自ら探しにいかないからである。


スポンジ村の山なんとかさんからのおたより。




なんですよね。
何か見たり聞いたり動いたりするとき、目的がないと、ものものは自分から通り過ぎてしまう。
吸収できない。

あ、って気が付くとき。それは新しいものとの発見が多い。
新しいものは、新しいものとして提供してくれる人がいる。
でも、そんな時ばかりではない。
そういう時、自分から何かを探しにいかないと、吸収できるものがないんじゃないかって。
多分、それをするために視点っていうのがあるんじゃないかって。

そんなスポンジです。



さて、今日はこのようなエントリーに出会いました。
http://d.hatena.ne.jp/Rootport/20130602/1370136126
だから、みんなブログ書こうぜ。 /[デマこいてんじゃねえ!]より。

わりと、ヒトって承認欲求が強いですよね。
よく思います。あーしょうにんよっきゅうしょうにんよっきゅうって。
あーこの人は承認欲求が強いからこう言ってるのかなー。流しとけーみたいな。
ある意味思考停止か・・・オロオロ

承認欲求が強い人って、どう対処すればいいんでしょうね。
ただ構うだけじゃ、こっちが疲弊するし、テメェは他人の迷惑とか考えないのかとかイライラしてくるし。

論理的にズバッと言って、はいおしまい。みたいにすればいいのかしら?
「あーはいはい、えらいですねーすごいですねー」
だと、多分向こうは満たされないですよね。
だからこその論理的発言。

あと、自分だけじゃどうにもならないから他の人の力を借りるとか。
そういう節があったんで、今日のエントリーとして紹介したのです。
ブログを書くことによって、少しでもガス抜きしてもらう。とか。
他人に見てもらってる!コメントがもらえる!いいねがもらえる!
とか、めっちゃ承認欲求が刺激されるような気がするんですよね。
twitterも同じ。自分がツイートしたら、5分ぐらいはTLを眺め続けて、リプライやリツイートがあるか
いちいちチェックする人っていますよね。

それと、最終手段というか、これは他人から言われてもできないことですが。
評価軸を見つめなおす。
さっきのブログ云々ってのは、自分に対する評価によって欲求が満たされる。
他人から下される評価。
評価。

それが根本的に強すぎるのではないかと思うわけなのです。
自分から見て、ここが良かった。それで評価はおしまい。それじゃダメなのかなーと。
もちろん、昇給とかそういうのだと、他人からの評価は絶対に避けられないものですが、
他人から評価されるってことは、ある程度何かを成しているわけで。
成しているってことは、自分でも「よっしゃ」って多少なりは思うはず。

周りの目を気にしすぎてストレス抱えるくらいなら、自分の想いをまっすぐ伝えた方がいいだろうって。
こう考えるのは、私が自己チューなせいかもしれませんが・・・。


でもやっぱり、評価を下すのであれば自分でするのが一番だと思うんですよね。
結局他人は他人。あんまり見てないでしょ、他人なんて。
いくら仲のいい友達だって、心の中まではわかんないんだから。正当な評価だなんてムリムリ。



話が飛躍しておりまするが・・・

ストレス抱える
   ↓
ストレス発散のために遊ぶ
   ↓
あー結局何もできなかった
   ↓
ストレス抱える(ループ)


だと、ぜーんっぜん自分のために何かできないですよね。
私はそんなの嫌だ。
ストレスってそもそも不安だから募ったりするんですよ!
根本原因を改善しないかぎり、そのストレスは雪だるまになるだけ!

ちょっとでも、それを思い出したら、行動。行動。
輝く未来のために。スポンジ。スポンジ。


あ、そうそう。
http://www.kitashirakawa.jp/study.html
勉強とは何か

がすんごく良いエントリーでした。
必読だと思います。 以上!

2013年6月1日土曜日

暇だな、とふと思った時

暇だなぁと思ったとき、私がすることは
・PCでネットサーフ
・ゲーム(最近は専らプリズム)
・家事
です。

が、今日は「読書」をしてみました。

最近購入した、同時通訳者の頭の中 という本です。
この本は大好きな関谷英理子さんが書かれた本です。
関谷さんに出会ったきっかけは、図書館にあった雑誌でした。
#eitangocho で毎日ツイートをしているという所から、気になりはじめました。
さらに、関谷さんがゲスト出演されていた英語でしゃべらナイトで
「Please」という表現はネイティブにとっては悪い印象を与える
という目から鱗なことを教えられてから、すっかりファンなのです。
あ、ちなみにPleaseの代わりになんと言えばいいかというと
It would be good if you could give me reply soon.     や
Do you think you could help wash the dishes?
とかですよ!
.... you could のあとは相手にしてほしいことを書けばOK!


まだ途中までしか読んでないのですが、読んで「あ゛」と思ったことを書いていきたいと思います。

お皿洗っている時にNHK英語ラジオを聞けばいいんじゃないか
そしてシャドーウィングを忘れずに。

なんとかして話そうとする姿勢は確かに伝わる。
ゼミでやっぱそういう風に動いていかないといけないなぁ。

TOEICのセクション5、6はIPテスト前にやっておいて、ついでに文法の復習をしよう

勉強会の時、相手に「穴(わからないところ)が自分の中にある」というのをもっと意識した問いかけを冒頭にする必要があるなぁ

1歩でいい、1歩でいいから毎日成長しよう。


というところです。

英語だけじゃなく、万物にも通用することが書かれている良い本です。
あと、ある項目でtwitterを活用した英語勉強が語られています。
そこは日ごろ関谷さんのツイートを読んでいる人からすると、
「あ、このツイートしてるの前に見たぞ!」とちょっとウキウキします。
通訳しているときは常にスピーカーの気持ちを伝えるんだ!と人の感性や言葉のコアを凄く真摯に考えている関谷さんの人柄からこういう素敵な文章を書かれたんですね。



とまあそんな感じで今日の読書なのでした。
ゲームやネットサーフしても、新しいことに出会わない時もあります。
そして無駄に時間を過ごすことも多々あります。
それと比較すると読書ってずいぶん良いものですね。
暇だなぁと思ったら、読書。オススメです。

2013年5月28日火曜日

なんかもっとこうワクワクするような

ふと、ブログランキングを覗いたんです。
カテゴリは「大学生」。

すると、上位は医学生ばっかり。でも内容は大したことない。
なんでなんだろう。

すぐ思い浮かんだのは、一般人は医学生がどんな生活をしているかわからないし、
頭の良さでは医学生は頂点で猶更興味がある、から。
とか?

なんか、そんなブログを見たり、ついったーでTLをちょっとさかのぼって見たり。
どれもぱっとしなくて。だらだらぁーって。
まあ私自身も、twitterに関しては結構毒抜きの場でもあるんですけど。
他人のは(特に身内)は見ない方が賢明なのかも。感情は簡単に移りますからね。
などどぼんやりしております。
靄のかかった空じゃなくて、朝露みたいにキラキラしてたいね。



キラキラ・フワフワ・はぴはぴ(?)・ワクワク―。
なんでもいいからそんな気分になる楽しいお部屋にしたいなぁー
とのんびり思うスポンジなのでした。

2013年5月26日日曜日

イライラを味方にする見方

\ ギャグか /

・・・タイトルね。


カラカラになると地べたに倒れちゃうんですね、スポンジって。
お久しぶりです、山音です。


先日、過去の自分に励まされる出来事がありました。
あの頃はあの頃で頑張っていた一瞬もあったものだ・・・。一瞬だけど。

というのも、「考えること」について思いを馳せていた時に、
それについてevernoteか昔のブログにたしか書いてあったことあったよなと思いだしたのです。
それは、http://www.nintendo.co.jp/event/gdc2011/index04.html を読んで感じたことでした。

---回想 はじめ---

イライラすることがある、
このいわっちの言葉を読んで、ピンときたんです。

私がかつて、こうアドバイスされたことがありました。
「問題解こうとして、やっても、解けないとき。そんなとき、すぐ付属の答えを見るんじゃねえよ!
教科書見ろよ!ノート見ろよ!参考書見ろよ!類題見ろよ!ぐぐれよ!
間接的な問題を参考にして、自分で考えて、ちゃんと解けよ!
それができないからお前はいつまでも成長しないんだバーカ!!!」(まあこんな感じ)

これ、実際にやっていると辛いんです。特に数学。
数学Ⅲ。解いてて、また、ワシは壁にぶつかるんです。
で、実際にアドバイスされたことをやる、と。
だが、
「おめえそう簡単に言ってるけど、そんなすぐわかるほど簡単じゃねえよ!!
ワシはあんたみたいに頭良くないし要領もよくないよ!
さっきから1時間調べてるけど、わkkkkkっかんねぇよ!」
イライラと悔しさでもう、怒り泣きですよ。 よく泣いてます。

ただ、頑張ってると、ふと神様が微笑んでくれます。
そう、解けたんです。いろいろ組み合わせて。

そうすると、もう全身でガッツポーズ!!! ありがとう!ありがとう!!



はい。コレ。
イライラ。
イライラって、良いものなんだ!!!
私にはまだイライラの経験値が足りてないんだ!!!!
このイライラを乗り越える力を、つけなきゃいけないんだ!!!!!
だって世の中には、教科書に載っていない問題だらけなんだから!!!!!!!


---回想終了---


こんな自分の過去の思いに巡り合いました。
そして、同時に 「やべ・・・最近これやってないぞ・・・」 ってのも思いました。
イライラの経験値、足りてない。

ただ今思うと、経験値自体が重要じゃなくて、
イライラの経験値がたまるようなことをする = 何かを乗り越えるために試行錯誤する
というのが足りていないんですね。

あと何が言いたかったかっていうと、
「イライラはすべて悪だ」 という感じ方はあまり良くないってことです。
たまにはイライラを味方にするのが良いんだと。
イライラしている ってのはつまり、 何かを改良するチャンスがそこにある
ってことなのですから。

2013年5月12日日曜日

お休み

最近、暑くなってきましたね。
木々の緑も濃くなって、木漏れ日が気持ち良いです。


スポンジ、木陰でお昼寝zzz...